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Culture

2009.03.14

宝物

求人エントリーの続きですね。
すごい数で応募が来て、時間をやりくりして、話したり、会ったり、を短期間に終えて、お仕事して...の第1弾を終えまして、焼肉打ち上げ行ってきましたー。

今回驚いたのは、やっぱり不景気の時代感じる応募だったように思うところです。仕事がなくなったからWeb業界に来るという人もいれば、個人的に新しいことをしたい人もいれば、新しい種類のクライアントがほしい人もいれば...という今までになかった層の応募数がありました。
クライアントの変化は肌で感じるところもありますけど、こういう方向では定期的に感じることが少ないので、本当に驚いたことがいっぱいあります。地方からの応募が多かったことも驚きでしたし、とにかく中国勢の勢いも驚きでした。

今回決まった方達には、感動多かったです。クリアーかつクールなコーダー、チャレンジ精神が土台をつくっている山梨のプログラマーや、東京在住でクリエイター志向のアンテナとフットワークが気持ちいい中国人のデザイナーなど、今までにない展開でエンター。
レスポンスがいいし、ビジョンを共有できると、実感させてくれる人材が決まりました。

彼らのすばらしいところは、三歩先が見えているというか、見たい視界に向かうための、信念とか覚悟とかを、行動して見せ付けてくれるところです。全然待ってなくて、プライドもマイペースも持ち合わせて、ゴールに向かうという信頼ですね。
ワークショップもトライアルも「当たり前です」と乗っかれるフットワークって、トップランナー感じさせてくれて気持ちいいです。のんびりしててマイペースとか言いながら3年前と同じスキル、という感じの人は、今回決まった人には居ませんでした。これって、スゴイ!!!
何かやらないとマズイ、という気分の人は多かったんですけどね。気分以外のもので、埋めていける意志を具体化するのがクリエイターですから、距離や方法や時間の使い方、マルチタスクに納得させられるのは、簡単じゃあないんですね。

これ一緒にやってみましょう、というラインで話している時に、「自分は何者です」「何が出来ます」「何かをやらせてみてください」と自分の仕事は自分で決める、自分の価値はリセットしながら毎回作り上げることの繰り返し、と提示できて、すぐに動き出せる人に出会えて、「クリエイターと出会えた」という感動が、いっぱいありました。

もちろん、決まらなかった人たちも良い人達が多かったように思います。それについては、その差は、技術や能力だけじゃないところで、決まったように感じてもいますし、「また何かありましたら」という言葉を頂いたので、「また出来ることや方法や効果が増えましたら」ご連絡いただきたい、とも思っています。


そんなこんなの怒涛の1ヶ月。相性もタイミングも、比較内の競争でいえば、納得の結果になったな、と。というワケで、中国から来た青年も合格するという結果になりました。で、彼が今期の最初の打ち上げの人で、博くんです。

博くんは、「ハク」くんと名乗っていて、中国語読みと思っていたら、日本語の音読みだったという、想定外の展開。じゃあ、「ひろし」くんでもいいものなのか?などと、どうでもいい解釈について、クライアントとちょっと盛り上がってしまいました(大笑)

うちのディレクター宏くんとニューカマーの博くんは、「アジアン!」な共通項で、絶妙につながって「申年」で通じたり、楽しい相性も感じます。
博くんは、明るくて上昇志向があって優しくて、物事のに対しての「現実性」の在り方が多様かつ真摯なんです。『武士道』で有名な新渡戸稲造の言葉で「社会における実用主義」と「人間が持つべき義務とそれを支える誇り」を美徳とするというものがあるんですが、それを感じさせる人に「可能性」を感じるとか、「希望の光」と認識する、とか、私は思うんですね。
気分で生きてる感じじゃなくて、「愛と仕事が自分を決める」と目標が輪郭になっている感じ。
「出来ないことはやらなくていいこと」と自分の責任を狭くしていくだけの人生じゃないと、強く感じさせてくれる存在感は、稀です。
それは、孫子の言葉やMartin Luther King Jrの言葉にも通じる、力強い響きです。

で、私にとってのユニークな存在で言えば、ここにもよく登場するユイちゃんに近いのが、博くんだったのです。本人たちに言ってもも一つ実感ないようなんですが(大笑)
可能性っていうのは、多分「好奇心」と「行動力」ですね。彼らの今の感情を尊重するんじゃなくて、彼らの掲げる理想が強くなったときに、変化する現実は、「好奇心」に裏打ちされるように感じます。
アフター5や、ロマンティックな条件を積み重ねても、人は簡単に「不幸」になってしまうけれど、自分の信じるものを追求したら、「やりがい」も「必要性」も必ず手に入ると感じさせる人は、「幸せになる」だけじゃなくて、「幸せにしてくれる」と思うのです。それは、宝物を本気で欲しいとおもう行動力にもつながってますよね。

「こういう人たちのマイルストーンに成りたい」と思う出会いには「感謝して、このタイミングで飛び込まないと!」と勇気をもらえたり、嬉しかったりします。


それだけでも、なかなか良い話なのですが、実は、博くんのお母様から、すごーーーぉい贈り物を頂いたのです。

中国の詩人・李白の二詩を、お母様が手書きされたという、書道の掛け軸でっす!

こっ、こんな、良い物、うちに似合うのかぁぁぁっ!?
すごいお宝が届いたものです。
ビックリビックリ!!!

ここに記されているのは、「黄鶴楼送孟浩然之広陵」と「早發白帝城」 という漢詩です。
中国では古文、日本では漢文と呼ばれるものですね。
私は、三国志演義や孫武兵法や墨家十論、大好き(大笑)
なのですが、言語に激しく弱い上に、教育上のプログラムとしても全くなじみのない環境でそだっている為に、「李白(りはく)」が分からず、調べたり、翻訳するところから始まりました(大爆)

鶴楼(こうかくろう)にて孟浩然(もうこうねん)の広陵(こうりょう)に之(ゆ)くを送(おく)る

故人(こじん) 西(にし)のかた 黄鶴楼(こうかくろう)を辞(じ)し
煙花(えんか) 三月(さんがつ) 揚州(ようしゅう)に下(くだ)る
帆(こはん)の遠影(えんえい) 碧空(へきくう)に尽(つ)き
(た)だ見(み)る 長江(ちょうこう)の天際(てんさい)に流(なが)るるを

これは、李白37歳の頃の作品と言われていて、敬愛する先輩が、武昌から広陵(揚州)へ旅立つのを送った時の詩と言われています。

友人は黄鶴楼に別れを告げて、かすみ立つ三月、華やかな揚州に向かって長江を下る。 水と空の緑が融けていくその果てに、旅立つ君の船は流れてゆく。

という感じですかね。
旅立つ人を見送る言葉ですね。

早(つと)に白帝城(はくていじょう)を発(はっ)す)

朝(あした)に辞(じ)す 白帝(はくてい) 彩雲(さいうん)の間(かん)
千里(せんり)の江陵(こうりょう) 一日(いちじつ)にして還(かえ)る
岸(りょうがん)の猿声(えんせい) 啼(な)いて住(とど)まらず
軽舟(けいしゅう)すでに過(す)ぐ 万重(ばんちょう)の山(やま)

これは、李白25歳と59歳の頃の作品という両説あって、故郷の蜀から中央に旅立つ時に作られたという説と、永王の軍に参加した罪で捕らえられ、流刑に処される途中、白帝城付近で恩赦がおりて、釈放という帰り道でされたという説があると言われています。
行きは川の流れに逆らいながらの航行で移動が遅かったけれど、帰りは下りで船の動きが早いという意味。どちらにしても、故郷に戻ることを思うと、心は逸るし、軽快な歩みになるという感情を歌っているように思います。

夜明け、朝焼け雲のたなびく白帝城に別れをつげて、千里も離れた江陵に、一日で帰り着いた。 両岸の絶壁で鳴いている猿の声が響いているうちに、はやる思いを小舟にまかせて、山々を一気に通り抜けてしまった。

これは、帰ってくる人を迎える意味もありそうですね。
どちらにしても、博くんに対してのお母様の愛情「旅路」と「家」を込めて贈ったような気がするチョイスです。「かわいい子には旅をさせよう」!

というか、このスキルは、かっこよすぎです。全部、手作りですよっ!
「うちのリビングにあっていいのかな?」と、恐縮してしまうとこでもありますがー。引き締まります~。これ、家宝にしてしますっ!!!
博くんが理想とする「人格」や「世界」、博くんのお母様が望む「未来」を、目指して生きたいと思いますぅぅぅ。

*ちなみに。
あまりに翻訳に時間がかかってしまって、助けを求めました(大笑)
福井さん、宏くん、ありがとうございましたぁぁぁ。

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