HIROCはどういうわけか、「進化」に関する本を読むのが好きです。もともとはジイちゃんに買ってもらった恐竜の図鑑がきっかけだと思います。あんなデカいトカゲが、地球を我が物顔に闊歩していた時代があり、かと思えば、わずかな種族を残してあっという間に全滅。こんなダイナミックでミステリアスなノンフィクションは、そうそうありません。「進化」という風をつかんだものだけが、生き残ったというなんとも苛烈な物語。なぜ、人類はこの物語を生き残ったのか? なんのために生き残ったのか? とても不思議です。
秋になって読書欲が高まってきたので、対象を物色。最近話題になっている「生物と無生物のあいだ」に狙いを定めました。以前、大阪大学にあるたんぱく質の研究所を取材したときに、複雑な構造を持ち、それ自体が「生きているかのよう」に振る舞うたんぱく質に、「まるで生き物ですね」と、うかつな質問をしてしまいました。すると、偉い先生はニヤリと笑って「その通り、これは生き物だといっていい」と、のたまったワケです。分子レベルで考えると「生きている/生きていない」の境界線は、私たちとは別の捕らえ方できるのだ、と妙に感心したものです。
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というようなわけで、世田谷区立図書館で検索して、予約を入れてみたのですが、人気の書籍なだけになかなか順番が回ってきません。かれこれ1ヶ月は待っています。しょうがないので自然科学関連で何か面白いのはないかと物色していると…、「イヴと七人の娘たち」という本を見つけました。これも前から気になっていた本です。
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人間のDNAは父親と母親の遺伝情報を半分ずつ受け取って出来上がります。体中、どこの細胞の遺伝情報を調べてみても、父親と母親のカクテルです。ところが、父親と母親の遺伝情報が混ざり合わない例外がいくつかあります。最も有名な例外が、卵子を経由してのみ子へと継承されるミトコンドリアのDNA。息子がミトコンドリアDNAを継承しても、息子は卵子を作ることはありえません。さらに次の世代へとミトコンドリアのDNAを継承する可能性があるのは、娘だけ。つまり、母親から娘へ、父親の遺伝情報が混じらない、完全なコピーが受け継がれるのです。
つまり、父親との遺伝子の組み換えが起こらないミトコンドリアDNAを調べれば、母性遺伝の系図を、どこまでも辿ることができるのです。母の母の母の母の母の母…。どこまでさかのぼっても、ミトコンドリアDNAが持つ遺伝情報は同一です。そして、この遺伝情報のパターンを、もうこれ以上辿れないというところまでいった先にあるのが、アフリカに住んでいた「ミトコンドリア・イヴ」と呼ばれる1人の女性です。私たち原生人類は、全てこの「ミトコンドア・イヴ」を母系の始祖として持つわけです。
この「イヴの七人の娘たち」は、たった1人の「ミトコンドリア・イヴ」から現代人まで、どのようにして枝分かれしながら、いかにして地球全体に拡散していったのかを、ミトコンドリアDNAの持つ遺伝情報を研究することで、解き明かしていくお話です。
著者のブライアン・サイクス教授によれば、現代ヨーロッパ人の90%は7人の母を持つのだそうです。たったの7人です。ミトコンドリア・イヴがこの世に残した「7人の娘たち」が、ヨーロッパ人の先祖である、ということですね。ちなみに、日本人の95%は9人の母を持ちます。ヨーロッパに比べると実に多様性があるともいえます。ミトコンドリア・イヴから連なる35人の母の系譜は、こちらのリンクで確認してみてください。
http://www.sonymagazines.jp/mmt/200111080750
これらの母系系譜は単なるラベルに過ぎません。しかし、ラベルに名前をつけてその分布をつぶさに観察していくと、アフリカ大陸で発祥した現生人類が現代まで生きてきた様が、考古学的アプローチとは別の視点で見えてきます。例えば…。
ヨーロッパにおける狩猟民族と農耕民族の入れ替わりは、考古学的尺度で見ると、あっという間の出来事でした。これまでは、およそ1万年ほど前に中東で生まれた農耕民族が、先に入り込んでいた狩猟民族を殲滅してヨーロッパを乗っ取った、というストーリーが考えられていました。農耕の広がるスピードは殲滅・乗っ取りというストーリーでしか説明できなかったからです。
しかし、現代ヨーロッパ人のミトコンドリアDNAを調べてみると、ヨーロッパには狩猟民族を母系祖先としてもつ人たちが多数生き残っていることが分かりました。つまり、農耕民族が狩猟民族を殲滅して乗っ取ったのではなく、農耕を知った狩猟民族がライフスタイルをすさまじいスピードへ変更した、という新しいストーリーが浮かび上がってくるわけです。
狩猟民族は歴史の中に消えていった野蛮人で、農耕民族(文明を持つ民族)に滅ぼされた、という印象をもってしまいがちですが、実際には文化への対応能力が高く、農耕を知る他民族との交易・交流を積極的に行っていたことが想像できます。野蛮人が野蛮なまま滅びた、というのは私たち現代人の思い込みに過ぎない、ということですね。
また、別の例では、ポリネシアへの人類の移動が上げられます。周りは水平線しか見えないはずの絶海の孤島に、いかにして人類がたどり着いたのかは、古くから論争の的でした。彼らは、東のニューギニアからやってきたのか、それとも風と海流に乗って南米からやってきたのか。南米説を裏付けるのは、実際にペルーからポリネシアへ、筏を使って航海実験をした「コン・ティキ号」が有名です。
| コン・ティキ号探検記 | |
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しかし、ミトコンドリアDNAが語るのは、東南アジアから発祥しニューギニアを経由して、東へ東へと新天地を求めながら航海を続けた人々が、やがてポリネシアへ到達した、という真実です。「コン・ティキ号」ファンには残念な結果ですが、むしろ注目すべきは驚くべき古代ポリネシア人たちの航海技術です。星以外になんの目印もない大海原を、風と海流に逆らって次々に新しい島を発見していったのですから。現代人からは失われてしまった、磁場や気圧の変化を感じる強い力があったとしか、HIROCには考えられません。
ミトコンドリアDNAの研究は、サイクス先生がこの本を出した後にもさらに進んでいて、「ミトコンドリア・イヴ」から広がる群(クラスター)ネットワークは、さらに詳細まで分かるようになっています。どのクラスターの属しているのかが分かれば、アフリカからどんなグレートジャニーを遂げてここに存在しているのかが、実感できることでしょう。そんな分子人類学の入り口として、この本はとてもよく出来た良書だと思います。
このDNAの物語があまりにも面白かったので、次は続編の「アダムの呪い」へと読み進めることにします。「イヴ」に対する「アダム」とは、これいかに。幸い、「生物と無生物のあいだ」は、予約確保の来そうにもありませんので。


面白い本なのですが…。
なるほど絶賛は大げさではなかった

